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港区麻布十番周辺の坂道を訪ねる

港区は武蔵野台地の縁に位置し、古川や渋谷川など台地を削る川が流れていることから、100を超える坂があるという。これらの坂の名には歴史的背景があり、由来を調べながら散策するのも楽しい。

鳥居家の屋敷に由来する鳥居坂

麻布十番の西にある鳥居坂は、江戸時代中頃までこの坂の東に鳥居家の屋敷があったことに由来する。鳥居家は紀伊の熊野権現の神職の家柄で、江戸時代には矢作藩(現在の千葉県香取市)、磐城平藩(現在の福島県いわき市)、山形藩、高遠藩(現在の長野県伊那市)などを治めた。

仙台藩下屋敷に隣接していた仙台坂

麻布十番の南の仙台坂は、この坂から南側一帯が仙台藩伊達氏の下屋敷であったことに由来している。

険しい坂道の南部坂は難歩坂とも呼ばれた

仙台坂の西の南部坂も南部家中屋敷があったことにちなんでいる。現在の「有栖川宮記念公園」が南部家中屋敷の跡地だ。この坂は険しいため難歩坂と表記されることもあったという。

謡曲「羅生門」で有名な渡辺綱に由来する綱坂

「イタリア大使館」の西を南北に抜ける綱坂は平安時代の武士、渡辺綱(わたなべのつな)がこの付近で生まれたという伝説に由来している。渡辺綱は摂津源氏の源頼光に仕え、頼光四天王の筆頭として知られていた。渡辺綱は大江山の酒呑童子を退治したり、京都の一条戻橋で鬼の腕を名刀で切り落としたりした伝説が残る。一条戻橋の鬼退治はその後、舞台を羅城門に移し謡曲「羅生門」になったという。

また、麻布十番から北へ向かう永坂はその名の通り、長い坂であったことが由来とされているが、長坂氏の屋敷があったためという説もある。

永坂の東、鼠坂はかつて道幅が狭く、ネズミしか通れないような細さであったことから名付けられた。鼠坂の近くにある狸穴坂はこの坂に狸が棲む穴があったためという文書が残されており、この地が緑に恵まれていた面影を感じられる。

狸穴坂から西、六本木方面に向かえば芋洗坂だ。この坂の名は近くにあった稲荷で市が開かれ、芋が売られていたことに由来すると言われている。芋洗坂に合流する饂飩坂は、うどんを商う店があったためとされており、古くから商業が盛んに行われていたことが伺える。

港区内に点在する坂を歩いて、その名からかつての姿を想像すれば、違った街の姿を発見できるだろう。

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