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江戸を代表する大名庭園だった「六義園」

駒込」駅の南側に広がる広大な緑の空間「六義園」。ここはもともと加賀藩の下屋敷が置かれていた場所で、1695(元禄8)年に徳川五代将軍・徳川綱吉の側用人を務めていた柳沢吉保がこの地を譲り受け、下屋敷として使うようになった。

六義園

柳沢吉保はここに池を掘り、丘を築き、回遊式築山泉水の日本庭園を造った。この庭園は、『古今和歌集』の世界観を表現していると伝えられ、序文にある「六義」という文言から「六義園」と名付けられたといわれている。

六義園

こうして完成した「六義園」は、徳川綱吉がたびたび訪れるなど、水戸藩徳川家上屋敷に造られた「小石川後楽園」と並んで江戸の二大名園に数えられるほど見事なものだったという。明治維新後、三菱グループの創業者・岩崎弥太郎が「六義園」を購入。荒れていた庭園は岩崎氏の手により再整備された。「六義園」の周囲の赤レンガの塀はこの時の整備で造られたものだ。その後、1938(昭和13)年に東京市に寄付され、一般公開が行われるようになっている。

六義園のシダレザクラ

現在も、都立庭園として公開され、春のシダレザクラや初夏のツツジ、秋の紅葉など、季節ごとに美しい風景が訪れる人々の目を楽しませてくれる。とくに、シダレザクラのライトアップや庭園を彩るツツジは有名だ。庭園内には針葉樹が約400本、常緑樹が約3,500本・落葉樹が2,500本と多くの木々が植えられ、ウグイスや鴨など多くの野鳥も訪れている。

六義園」の緑に抱かれるように広がる駒込や巣鴨の街。ここでは、暮らしの中で都内では貴重な豊かな自然を感じられることも魅力となる。

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