江戸時代から明治時代までの戸塚
江戸時代の戸塚には、東海道で日本橋から数えて5番目の宿場として「戸塚宿」が設けられていた。日本橋を朝に旅立つと、ちょうどこの辺りで夜を迎えることから、「戸塚宿」には東海道五十三次中2番目に多い旅籠数を誇るなど、大いに賑わったという。今も本陣跡など当時の活況をしのぶことのできるスポットが残る。
明治維新後は戸塚町となり、1939(昭和14)年に横浜市に編入。1887(明治20)年にはJR東海道線が開通し、「戸塚」駅が開設されている。さらに、1987(昭和62)年に横浜市営地下鉄(ブルーライン)「舞岡」駅から「戸塚」駅間が開業し、「関内」駅や「桜木町」駅など横浜市中心部と直接結ばれるようになった。近年は、再開発や区画整理により都市インフラの整備が進められ、横浜市の拠点のひとつとして発展を遂げている。
再開発によって生まれ変わる戸塚
「戸塚」駅周辺で最初に再開発が行われたのが、「戸塚」駅の東口だ。1986(昭和61)年には「ラピス戸塚1」がオープン、その後「ラピス戸塚2」と「ラピス戸塚3」が完成し、1990(平成2)年には「戸塚」駅東口地区の再開発事業は完了を迎えている。「ラピス戸塚1」には当初「丸井戸塚店」が入っていたが、2006(平成18)年に閉店し、翌2007(平成19)年に「戸塚モディ」としてリニューアルオープンした。
都市インフラの整備が遅れていた「戸塚」駅の西口側でも1997(平成9)年から再開発が始まった。2010(平成22)年には「東急プラザ 戸塚」をメインに、専門店街「トツカーナモール」が入る再開発ビル「トツカーナ」が完成。「戸塚バスセンター」が移設オープンし、周辺エリアを含めた交通の拠点となった。「戸塚」駅西口の再開発は2013(平成25)年に完了、「戸塚」駅西口一帯は一気に近代的な姿に生まれ変わった。
現在も「戸塚」駅周辺の土地区画整理事業が進められるなど、快適な街を目指して進化し続けている。2014(平成26)年には「戸塚大踏切デッキ」や国道1号のJR線のアンダーパス部分が完成し、「戸塚」駅の東西間の移動が便利になった。
「戸塚宿」として栄えた歴史を受け継ぎつつ、積極的な都市インフラの整備で利便性に富んだ街に成長した「戸塚」駅周辺。交通アクセスにも恵まれた住宅地として、改めて注目を集めている。
宿場町として栄え、再開発で発展を遂げた戸塚エリア
所在地:神奈川県横浜市戸塚区