東京の北の玄関口として発展
東京都台東区は東京23区の北東に位置し、下町情緒が漂う住宅地としても人気が高い。台東区の西部、武蔵野台地と低地の境に広がる上野エリアは「上野恩賜公園」の緑が彩る美しいまちだ。東京の北のターミナルとして発展した「上野」駅周辺には「アトレ上野」などショッピング施設も集まり、ショッピングタウンとしてもにぎわう。
とくに「上野」駅から南に延びる上野広小路周辺は江戸時代から多くの店が集まり、日本橋と並ぶ繁華街として栄えた。上野広小路は明暦の大火後の復興で今の「上野恩賜公園」から「松坂屋 上野店」の間の道路が防火対策として拡張されたことにより、この名で呼ばれるようになったという。
東京の北のターミナル「上野」駅
「上野」駅は1883(明治16)年の日本鉄道(現・JR高崎線)が「上野」駅から「熊谷」駅間で開通した際に設けられた。1885(明治18)年には現在のJR宇都宮線列車も発着するようになり、1905(明治38)年からは日本鉄道土浦線(現・JR常磐線)の乗り入れも開始されるなど、ターミナルとしての発展を始める。1909(明治42)年には山手線の運行が始まり、1927(昭和2)年東京地下鉄道(現・東京メトロ銀座線)も開通し、「上野」駅と都内のアクセスも整備された。「上野」駅は東京から北へ向かう列車から都内各地に向かう人々でにぎわうようになる。1985(昭和60)年には東北新幹線、上越新幹線が開通。現在も11路線が乗り入れる都内有数のターミナル駅として重要な役割を担う。
都内有数の大規模公園「上野恩賜公園」
「上野」駅の東に広がる「上野恩賜公園」は面積53ヘクタールと都内有数の規模を誇る大規模公園だ。江戸時代、徳川家光は江戸の鬼門に当たるこの地に「寛永寺」を建立した。明治維新後、「寛永寺」境内の大部分は日本初の公園として整備されることになる。こうして誕生したのが「上野恩賜公園」だ。現在は春の桜、夏の蓮など季節の花を楽しめるスポットとしても親しまれている。「上野恩賜公園」内には「上野動物園」、「東京国立博物館」、「国立科学博物館」といった博物館も揃う。とくに「上野動物園」は1882(明治15)年開園で、日本で最も古い動物園だ。
多彩な芸術・文化に親しめるまち
上野エリアには1889(明治22)年「東京美術学校」が移転、1890(明治23)年には「東京音楽学校」も開校した。上野エリア周辺には芸術を学ぶ学生や芸術家が暮らすようになり、芸術・文化のまちとして知られるようになった。これらの学校は戦後の改組で「東京芸術大学」となっている。現在も「上野恩賜公園」内には「国立西洋美術館」、「東京都美術館」、「東京藝術大学大学美術館」、「上野の森美術館」、「東京文化会館」など文化施設が集まり、多彩な芸術・文化を鑑賞できる。
下町情緒漂うショッピングタウン
「上野」駅の南、上野広小路は古くから繁華街として栄えた。「松坂屋 上野店」も江戸時代から続く呉服店が発祥という長い歴史を持つ。戦後、「上野」駅の南から「御徒町」駅の間には露店が自然発生。1946(昭和21)年、これらの露店をまとめた「近藤マーケット」が誕生したことで区画統制がとれるようになり、現在の「アメ横商店街」へつながっていく。アメ横は食料品やファッション、雑貨の店が軒を連ね、下町情緒を楽しめる人気のショッピングスポット。近年は「アトレ上野」や「PARCO_ya上野」が開店するなどショッピングタウンとしての魅力がさらに高まってきた。
都内のターミナルの中でも緑や歴史が濃く、おだやかでどこか懐かしい風情が漂う上野エリア。のんびりと散策しながら買い物を楽しむのも心地よいひと時になるだろう。
広大な緑と下町情緒あふれる台東区上野エリア
所在地:東京都台東区