浦和は文教の街としても有名だ。明治維新後すぐ、旧「浦和宿本陣」を利用して教員養成が開始された。その後、本格的な教員養成施設として「埼玉県師範学校(のちの埼玉師範学校)」が誕生し、浦和の文教の街としての歴史が始まる。その後「旧制浦和高等学校」や「埼玉県高等女学校(現・埼玉県立浦和第一女子高等学校)」なども設けられ、浦和の文教の街としての地位は確立されていく。
戦後に普及した子育て・育児環境
戦後、「埼玉師範学校」や「旧制浦和高等学校」などが母体となり「埼玉大学」が誕生するが、そのキャンパスは引き続き浦和に置かれることになった。1969(昭和44)年に「埼玉大学」は現在の「下大久保キャンパス」への移転を完了するが、「埼玉大学教育学部附属小学校」や「埼玉大学教育学部附属幼稚園」といった附属教育施設は今も浦和に残っている。
また、浦和には埼玉県内のトップレベルの進学校として知られる「埼玉県立浦和高等学校」や「埼玉県立浦和第一女子高等学校」、中高一貫教育を提供する「さいたま市立浦和中学校・高等学校」などの教育施設が集まり、文教の街としての歴史が受け継がれている。
情操教育にも最適な浦和
文教の街として発展した歴史は、良好な子育て環境の醸成というメリットももたらしている。浦和にはオーケストラのコンサートにも使われる「埼玉会館」、かつて浦和に暮らした画家の作品を多く所蔵する「うらわ美術館」といった文化施設が多く、子どもとともに良質の文化に触れることができる。
池の周囲を緑が彩り、水辺の散策を楽しめる「別所沼公園」、「浦和競馬場」内に設けられ、桜の名所として知られる「浦和記念公園」など自然を感じられるスポットも身近だ。
教育施設が充実し、文化施設や自然環境にも恵まれた浦和は、埼玉県内でも有数の子育て・教育環境が整っている地といえる。
文教の街ならではの、恵まれた子育て環境
所在地:埼玉県さいたま市浦和区