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「勝鬨橋」に由来する街、勝どきエリア

中央区勝どきエリアは、都営地下鉄大江戸線「勝どき」駅を中心に広がるエリアで、周辺の月島や晴海と同様、明治初期より進められた埋め立て事業によって誕生した。

勝鬨橋

エリアから銀座方面に向かう晴海通りには、隅田川を渡る「勝鬨橋」が架けられ、勝どきという地名もこの橋の名に由来している。勝鬨橋がある場所には、1905(明治38)年に渡し船が開かれ、同年1月に日露戦争において旅順が陥落したことを記念して「勝どきの渡し」と名付けられた。その後、佃に「石川島造船所(現・IHI)」の工場が設けられるなど工業地帯として発展。「勝どきの渡し」の需要も増大してきたこともあり、隅田川に橋をかける計画が立てられた。

勝鬨橋

こうして建設が始まったのが「勝鬨橋」で、当時は隅田川を航行する船舶が多かったことから、全長約246m、幅員約26mの双葉跳開橋として1940(昭和15)年に完成した。世界的にも大規模な可動橋で、完成当時は「東洋一の可動橋」とも呼ばれたという。高度経済成長期を迎えると船舶の航行が減るとともに、道路交通量が増加したため次第に跳開の回数が減り、1970(昭和45)年11月29日を最後に跳開は停止された。だが、日本の近代化に果たした役割は大きく、1998(平成10)年から夜間のライトアップが始まったほか、2007(平成19)年には、国の重要文化財にも指定されるなど、地域のシンボルとして親しまれている。

勝どき駅

勝どきは都心に近接した立地ながらバス交通に頼っていたこともあり、発展は遅れ気味であった。しかし、2000(平成12)年の都営大江戸線の開通により、「勝どき」駅が開業すると、「新宿」駅や「六本木」駅、「汐留」駅などにダイレクトでアクセスできるようになった。交通の利便性が大幅に向上したことから、「勝どき」駅周辺を中心に大規模マンションが次々と誕生。現在は、ウォーターフロントの住宅地としても注目を集めるようになっている。

工事中の環状第2号線

今もエリアから「築地市場」付近を経て、「新橋」駅方面に伸びる環状第2号線の整備が進められており、完成すれば勝どきから虎ノ門方面への移動がよりスムーズになる。また、エリア内では再開発の計画も進行中で、今後はさらに暮らしやすい街へと進化することは確実だ。

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